
天日干しにされるマルヴァジーア種のぶどう
画像提供: ソルジェンテ・デル・ヴィーノ
ソルジェンテ・デル・ヴィーノ Sorgente del Vino からのコラム第5回目です。
ピンと来ない語句がひとつあったので、バルバラにその意味をよく尋ねようと思って公開を待っていた、あの分です。
その語句とは「ロッタ・インテグラータ」のことですが、バルバラはずっと忙しくしているので、結局ウィキペディアのイタリア語版にお世話になりました(詳細は訳注をご覧下さい)。
仕事の合間に速攻で・・・(笑)。
*
有機農法に「ノー」、自然農法に「イエス」と言う、ということ ----- ロベルト・ミラヴァッレ教授へのインタビュー
生まれはピエモンテで現在はピアチェンツァに暮らすロベルト・ミラヴァッレ教授は、農学博士にして、ミラノ大学農学部のぶどう栽培と醸造学マスターコースの監督者である。自然栽培のぶどう畑に関して長年の経験を持つが、極めつけの職人気質ではないワイン醸造会社にとっても、有機農法で栽培されたぶどうについて語らうには理想的な対話相手となる人物だ。
--- 早速、実際的な質問から始めてみることにしましょう。通常の農業やロッタ・インテグラータ(*1)に較べ、ぶどう畑を有機農法で手入れすることで生じる困難さ(あるいは違い)というのは、いったいどういったものであると思われますか?
「私は、こと、ぶどう畑においては、有機農法には絶対に反対なのです。今日解釈されているような方式の有機農法は、公的な助成金がなければとても採算が取れないものです。有機農法で栽培すると決めた生産者たちは、栽培する上で遭遇する、より多くの困難への補償といった名目で、ヘクタール当り約900ユーロを受給しており、彼らの多くが助成金を受け取るためにその道を選んでいるのですから。
今日ぶどうの有機栽培を律する統制は、一方ではぶどう畑での自然な営為を妨げるあまりにも多くの規則上の難くせを含んでいながら、他方では最高級の機器や最前線のバイオテクノロジーの使用は許可し、根本的な事柄の規制をいっこうに行いません。有毒重金属である銅の使用を義務付けていながら、ぶどう畑での草生栽培を義務付けないというのも、その一例ですね。
有機農法を選んだ者が、何もひとつの議定書に従って仕事しなければならないわけではありませんが、土とぶどう畑の手入れに対してホリスティックな態度を持ち、常にそれらのために待機し、たゆみなく働く姿勢を保っていなければなりません 。平素から努めて情報摂取していなければ、ぶどう畑で発生した害虫を退治するためにその天敵を利用することも出来ないでしょう。
有機農法というのがひとつのラベルなのに対し、自然農法は気候、植物、人と関わってくるものです。自然農法はそれほど規制の対象にはならないし、ぶどう畑を射撃用のベルギー産馬(*2)で耕すのを見かけたとしても、特に顰蹙を買うべきことであるとも思いません。有機農場に足を踏み入れた時には、まるで庭のような畑を目にしたいものだとは思っていますが、それも環境や省エネルギー、土壌(農業に適した土壌を作り上げるには400年以上も掛かるのですよ!)と水の保全などといったことも考慮し、本当に注意を払って作られていなければ意味がありません。そういった意味では、真剣にそういったことに取り組んでいる生産者に支払われる900ユーロの助成金は、補償的な意味合いのものであってはならず、飽くまで彼が行っている地域の保護という大切な仕事に対する一種の報酬でなければならないはずです。」
--- つまり、これは自然農法の話なのであって、有機農法の話ではないということですね。先ほど、有機農法のぶどう農家の経営の実際の難しさに触れていらっしゃいましたが、それはどういったものですか?
「ヴァル・ディ・コルニアをひとつの仮想上の境界線として例にとってみましょう。フィレンツェ県が(訳注:北部ピアチェンツァから見て)そのこちら側にあって、向こう側はマルケ州に続いていきますね。ヴァル・ディ・コルニア以南では、ぶどう畑を自然農法で運営していくのは難しくありません。しかし、北イタリアでは対処しなければならない三つの大きな問題があります。べと病、うどんこ病とフラヴェッシェンツァ・ドラータ(*3)です。これらはどうしても退治しなくてはならない三つの病害・虫害であり、これらを有機農法で許可された方法で退治するのは、生産者サイドが多大な注意を払い、自らのぶどう畑を我が子であるかのように扱うことによってのみ可能なことなのです。このため、安価なワインを生産する会社には、有機栽培認定を受けることはくれぐれも避けるよう助言しています。真の困難に遭遇することになる上に、事実、環境保全面においても得るものは何もないからです。銅は有害重金属であり、硫黄は日光に対して高感度であるために害があり得ます。それらの薬品を使用するにも細心の注意が要るわけです。
自然農法について語る時には、それに付随するものやぶどう畑の周囲にあるものも、常に考慮しなければなりません。今日のぶどう畑で行われるのが単一品種栽培であるにしても、畑の周囲にあるものを見逃してはならないし、それが土壌と環境を尊重しなければならないもうひとつの理由でもあるのです。
しかし、ぶどう畑においては、常に単一品種栽培ばかりが行われていたわけではないんですよ。
ピエモンテ州では、過去にはアルテーノと呼ばれる栽培法が採用されていました。ぶどうの苗木の列どうしの間隔を、その間に空いたスペースで野菜、穀類、じゃがいもや、当時は今日よりもずっと背丈の低い植物だったポレンタ用のトウモロコシなどが栽培出来るように2,5〜3メートル離すという、今日はもう実施されていない栽培形式でした。その上、苗木の列の端には通常、枝どうしの間隔が広がって伸びてぶどう畑に日陰を作ることのない、桃のような果樹が植えられていました。
当時ですら、そういったカヴール(*4)によって導入された栽培形式を批判する生産者たちは多かったものでしたし、時の経過が彼らが正しかったことを示しました。そういった形式は、今日ワイン用のぶどうに求められる品質にとっては不利に働くものであり、その理由は野菜には施肥が必要でも、ぶどう畑はそれを必要としないからです。
こういった形態の耕作は、ぶどう畑の耕作期間と重複しない冬期の野菜栽培の可能なイタリア中部から南部においては、まだ実施することが可能なものです。」
--- ぶどう畑について大変多くを語っていただきましたが、カンティーナ(ワイナリー)での醸造途上のピオロジコ(有機農法由来)のワインについてはどうお考えになりますか?
「今日、有機栽培ぶどうを用いたワインに関する規制では制限が設けられていませんが、カンティーナの中においてはがらりと変わって、制限が大変厳格になっています。品質を追求しているところならどんなカンティーナであれ、自社製ワインへの二酸化硫黄の使用は極力控えるでしょう。それは二酸化硫黄という添加物が、法で許容された量の三分の一も含まれていれば、ワインの風味の中にもそのように表れてしまうものだからです。ビオロジコのワイン醸造においては、二酸化硫黄は全面的に禁じられています。もちろん酸化を防止しながら作業することは出来ますがそれは難しく、これもまた、降雨が少なくワインのアルコール度数が高いイタリア中南部であってこそ実践しやすい方法であるということになります。高いアルコール度数は、ワインがひとりでに酸化から自衛できるよう作用するものなのです。
酸化はまた発酵の開始時期とも連動しており、もし畑で収穫間際まで銅を使用すると、ぶどうの果皮表面の土着酵母(いわゆる畑の酵母)全てを死なせてしまい、従って発酵の開始も極めて遅くなるリスクが生まれます。そういった場合には、内部が完璧に清掃されていないカンティーナの方がむしろ有り難い、ということになるのです・・・」
ミラヴァッレ教授には、ご親切に問いにお答えいただいたことと、この厄介なトピックにおいていくつかの疑義を呈示して下さったことに感謝したい。教授からは、また別の機会にワインやぶどう畑についてもお話を伺うことになるだろう。
訳注
*1 ロッタ・インテグラータ = lotta integrata
(以下、ウィキペディア・イタリア語版を抄訳・引用)
様々な代替処置をすることで、農薬の使用を劇的に減らし、栽培作物を保護する作業。
処置の中で主立ったものに、以下が含まれる:
人間と益虫に対してごく毒性が少ない、あるいは全くない農薬の使用;
フェロモンの拡散器の使用などを用いての異性の認識力の混乱を通した害虫駆除;
特定の害虫のみに作用する農薬の使用;
土壌や空気の生化学的作用によって簡単に無毒化される農薬の使用;
不妊虫放飼(ふにんちゅうほうし)のような地域個体群の根絶を通した害虫駆除;
予防目的の農薬の定期散布を行わず、病害の発生を助長するコンディションが形成される時期を予測することで、実際に罹患の危険がある場合にのみ、特定の農薬を散布する;
栽培作物にとって無害で、かつ害虫の天敵となる昆虫の放飼を通した害虫駆除(ロッタ・ビオロジカ = lotta biologica と呼ばれる);
より病虫害に強い品種を採用して栽培する;
輪作の実施;
病害に罹患した株の排除に特別な注意を払う;
など。
ロッタ・インテグラータの限界は生産コストがより高いこと、専門家の技術支援が必要なこと、生産物の認証の困難さなど。
*2 射撃用のベルギー産馬
北海道の道産子のように脚のどっしりとした馬。
*3 フラヴェッシェンツァ・ドラータ = flavescenza dorata
Scaphoideus titanus による虫害。
*4 カヴール = カミッロ・ベンソ Camillo Benso 伯爵
ウィキペディア日本語版には「カミッロ・カヴール」とあるが、それは誤りで、姓はベンソ。
トリノ県下のカヴール Cavour の町の伯爵であったため、カヴール伯 Conte di Cavour とも呼ばれていた。
クーネオ県下グリンツァーネ・カヴール Grinzane Cavour の村に伯父(ないし叔父)が所有していた、ランゲ地方でも最も美しく保存が良いもののひとつである城に長く住み、29歳から17年にわたって村長も務め、その間にバローロ Barolo 村の城で夫亡きあと、一人、家来と共に慈善事業と農耕に打ち込みつつ暮らしていたファッレッティ Falletti 侯爵未亡人でフランス貴族の娘だったジュリー(またはジュリエット)・コルベール Julie Colbert と親交を結ぶ。
ジュリーは当時、熟成させる習慣がなかったため若飲みしかされず、甘口の赤として通っていたバローロを、是非ブルゴーニュの上もの風に熟成させたくてならなかったが、試みの成果ははかばかしくなかった。
そんな時、自らも農業上の様々な試みを手がけていた同志だったと言えるカヴール伯が、彼女にフランス宮廷付きの醸造専門家ルイ・ウダール Louis Oudart を紹介し、ウダールがジュリーにバローロに適した酵母の添加をアドバイスしたことで、今日のようなバローロの基礎が出来あがることとなった。
折しも時は農業ラッシュで、欧州中の貴族という貴族が農業に投資していた時代(それから百年も経たずに、今度は産業革命が訪れることになったが)。
同時代にイタリア王国初代王ヴィットリオ・エマヌエーレ二世の父でサヴォイア家当主だったカルロ・アルベルトがポッレンツォ Pollenzo に創設した広大な農業試験場、および併設の別荘が、現在のスローフードの食科学大学や Banca del Vino の所在地となっている。
*こちらで独占掲載のソルジェンテ・デル・ヴィーノのコラム和訳版には、訳者だけでなくソルジェンテ・デル・ヴィーノの執筆者バルバラ・プッリエーロ Barbara Pulliero の著作権もありますので、お断りなき転載はどうぞお控え下さい。
*生産者の方の写真の著作権も Barbara Pulliero に帰属しています。
*訳注の文責は私にあります。
*リンクに関しては当記事へもソルジェンテ・デル・ヴィーノへももちろんフリーです。どうぞよろしくお願い致します。
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2 commenti:
Aogyさんお久しぶりです。いつもながら興味深い記事でした。慣行農法、有機農法、自然農法
どれが良い悪いでなく土地の環境とそこで働く人の農業に対する考え方の違いだと理解しました。
荒れ模様の天気が続くイタリアですが、お体に気をつけて。Buone Feste
takaさん、
どうもお久しぶりです。
農法については、同じ農薬でも使い方によって効果、影響、コスト、どれを取っても変わってくるそうですね。
どういった農法でも、とにかく最も大切なことは土壌を知ることと毎日耕地を見回ってよく点検すること、とどちらの農家の方々もおっしゃいます。
土も作物も生き物ですので、土曜も日曜も祭日もなく、いつもいつも畑にいらっしゃいます。
とても大変なお仕事だとつくづく思います。
トスカーナの天気も荒れていますか。
こちらは火曜の朝は積雪で大変でした。
ところで、今朝やっと10月からかかり切りになっていた仕事をひとつ終えることが出来ました。
納期がきつかったのであまりネットに時間が取れず。
takaさんのブログには、しばらくお邪魔しない間に興味深いコンテンツが沢山増えていると、けいさんから伺っていました。
またお邪魔いたします。
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